清砂通アパートメント、1932年まで東大工アパートメントと呼ばれていた、このアパートは、
同潤會にとって、最大規模の4ブロック16棟663戸におよぶ、1〜4、5〜10、11〜14、15〜16と
4つのブロックから構成されてる。竣工も1期〜5期と長期になった、特に特徴のあった1號館は当時
としてはかなり斬新なデザインであったようだ、吸い込まれそうな階段室、屋上には丸屋上と言われた
屋根(以前は屋根上まで上がれた)がり、眺めが良かったであろう、1號館と2號館の間には児童遊園
があり、子供用のプールまであった、近くにトイレも残っていたが、倉庫になってしまったようだ、
戦争ではアパートは焼けてしまった、傷跡が随所の残っている、廊下や階段室の天井や壁には黒く
焼けていて、塗装をしてもまた浮き出てしまう、終戦後は間取りの変更なども行った、
特徴のある1號館は2002年7月に解体された。この跡地に1號館に似せた外観の建物がイメージで
再現される事になっている。 丸屋上もイメージで再現される事になっている。